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札幌高等裁判所函館支部 昭和28年(う)120号 判決 1954年3月16日

控訴人 被告人 宮原武一

弁護人 橋本清次郎

検察官 後藤範之

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人橋本清次郎の控訴趣意は同人提出の控訴趣意書に記載のとおりであるからこれを引用する。

弁護人の控訴趣意(事実誤認、法令の適用の誤)について、

所論の要旨は、本件文書は選挙運動の文書ではない。本件文書は被告人等の結成している国鉄労働組合政治連盟の発行する文書で連盟の基本政策たる再軍備と戦争に反対し平和を守る啓蒙宣伝文書であり、被告人の行為も政治団体たる右政治連盟の政治活動の一環としての行為であつて選挙活動と何等関係のあるものではない。また、本件文書は公職選挙法第百四十六条の候補者の氏名を表示したものということはできない。氏名とは俗に苗字並に名前を併記したものを指すのであつて、公職選挙法第百七十五条の氏名の掲示も同趣旨の規定である。従つて本件候補者の館俊三の届出もダテシユンゾウと振仮名付で届出あるもので発音と云い、またタテの漢字「楯」の文字が一般的に読み難いのと一般常用漢字にも採用されていないので政治斗争用語として親み深いタテの仮名使の使用をしたものである。殊更に館候補の氏名の宣伝に意を用いたものではない。従つて原判決が本件文書を公職選挙法第百四十六条の文書の種類と判断したのは事実を誤認し法令の適用を誤つたものであるというにある。

しかし公職選挙法は選挙の公明且つ適正に行われることを確保するため選挙運動に一定の規制を加えているのであつて、政治団体又はその構成員といえども、もとよりその規制の外にあるものではなく、たとい所論のように政治団体たる国鉄労働組合政治連盟の政治活動の一環としてなされたものであつても、それがいやしくも公職選挙法第百四十六条の文書図画の頒布又は掲示につき禁止を免れる行為の制限に反すると認められる限り同条違反となることは明かである。原判決挙示の証拠によると被告人は原判決の認定したとおり、昭和二十八年四月十九日施行の衆議院議員総選挙に際し北海道第三区から立候補した館俊三を推薦支持した国鉄労働組合政治連盟青函支部の情報宣伝部門担当の役員として、同連盟の基本方針に基く大衆啓発宣伝活動に従事していたものであることが明かであり、押収のビラ一枚(昭和二十八年領第三十五号の第一号)によるとその上部に横書に「子のね顔・平和のために一票を」と掲げ、その下に、三行目に「たて」となる人を国会え!!」最後の行に「働く者の生活を守る「たて」となれ」という標句を掲げその「たて」の二字を殊更に大きく、初号ゴヂツク活字で表現したものであつて、前記選挙運動期間中である昭和二十八年四月十六日頃、前記館俊三の選挙区たる函館市内において頒布したものであること、被告人は本件文書の「たて」は館俊三の「館」に通じ二重の意味をもつことを意識していたことが認められる。そして、公職選挙法第百四十六条にいわゆる候補者の氏名は必ずしも候補者の氏と名を必要とするものでなく、客観的に候補者が誰であるかということが特定できる程度の表示をもつて足るものと解すべきであるから本件の文書中の「たて」は暗に候補者館俊三の氏名を表示したものというべく、以上を綜合すると本件文書は前記選挙に立候補した館俊三の選挙運動のためにする文書であつて、これを頒布した被告人の所為は公職選挙法第百四十二条の禁止を免れる行為としてなされたことが明かであり、明かに同法第百四十六条第一項、第二百四十三条第五号に該当し、原判決には所論のような事実誤認又は法令の適用に誤はないから論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 原和雄 判事 山崎益男 判事 成智寿朗)

弁護人橋本清次郎の控訴趣意

一、判示中段の選挙運動のために使用する文書………暗に右候補者の氏名(姓)を表示したもの約一万枚を頒布したものであると認定して居るが、選挙運動のために使用する文書は何にも通常葉書のみに限定して居るものではない。公職選挙法第百四十二条、第百四十三条には葉書以外多数の文書の種類が許されて居る。然し本件文書は選挙運動の文書ではない。判示冒頭認定の如く被告人は国鉄労働組合政治連盟青函支部の情報宣伝部門担当の役員であり、同連盟の基本方針に基く大衆啓発宣伝活動に従事していたものであり、決して館俊三候補の選挙運動に従事したものではない。政治連盟の役員の中、館俊三候補の選挙運動に従事したものは大西敏、荒川鉄男の二氏のみである。(斎藤久幸、大西敏、荒川鉄男の検察官に対する供述調書、被告人の検察官並公判の各供述)

二、本件文書は被告人等の結成して居る国鉄政治連盟の発行する文書で、判示指摘の如く連盟の基本政策たる再軍備と戦争に反対し平和を守る啓蒙宣伝文書であり、被告人の行為も政治団体たる政治連盟の政治活動の一環としての行為であつて選挙活動と何等関係のあるものではない。即、公職選挙法第二百一条の五、第二百一条の六に於て許されたる文書である。本件文書其のものは適法なものであり、亦其頒布も差支ないものである。然るに判示認定の事実は本件文書を公職選挙法第百四十六条の文書の種類と判断せるは、(一)事実の誤認、(二)証拠によらずして事実を認定した誤りがあり、(三)法令の適用に誤りがあり、当然に判決に影響を及ぼす事明である。(押収したビラ一枚「昭和二八年押第三十五号の一」証人額賀英良、被告人の公判廷に於ける各供述)

三、本件文書の「たて」の二字の初号ゴヂツクは被告人の指図によるものではなく、印刷所の自分勝手な自己裁量で作成したものであり、仮令本件文書其ままでも法第百四十六条の候補者の氏名を表示したものと云ふ事が出来ない。氏名とは俗に苗字並名前を併記したものを指すのであつて、公選法第百七十五条の氏名の掲示も同趣旨の規定である。従つて本件候補者の届出も館俊三と振仮名付で氏名を届出あるもので発音と云い亦タテの漢字楯の文字が一般に読み難いのと一般常用漢字に採用されて居らないので政治斗争用語として親しみ深い「タテ」の仮名使の使用をしたものである。殊更に館候補の氏名の宣伝に意を用いたものではない。むしろ再軍備の反対の印象を強烈に大衆に訴える文書である。今日政治状勢では保守革新の二大陣営が本件文書の再軍備論で対立して居る事は明かな事実であり、政治連盟も片々たる館候補一人の当選を期するよりも再軍備に反対し平和を守る思想を宣伝し、併せて右政策に同調する多数の同志の獲得に主眼を置いたものである。(衆議院議員選挙届出書、斎藤久幸、後藤春治、槙吉雄、荒川鉄男の検察官に対する各供述。被告人の公判に於ける供述、久保内康助の公判の供述)

以上の如く本件判決は明に事実を誤認し法令の解釈を誤つたもので、当然破棄せらるべきものと思料するので、控訴を申立た次第である。

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